大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和31年(行)2号 判決

原告 駿豆鉄道株式会社

被告 関東海運局長

訴訟代理人 広木重喜 外二名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人等は「被告が昭和三〇年一〇月一二日、箱根観光船株式会社に対してなした旅客船一隻(一二〇屯)の建造認許処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めた。

被告指定代理人等は請求の趣旨に対する本案前の答弁として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決、並びに同予備的答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

一、請求の原因

(一)  原告訴訟代理人等の主張する請求原因事実の要旨は、次のとおりである。

原告は、鉄道、軌道、自動車による旅客貨物の輸送業、その他芦の湖における旅客定期航路事業等を営なむ会社であり、訴外箱根観光船株式会社(以下単に訴外会社と称する。)も芦の湖における旅客定期航路事業を営なむ会社である。而して原告の芦の湖における旅客定期航路事業は、大正九年以降原告が将来における箱根観光資源開発を目指し、多大の資本を投下しつつ赤字輸送の犠牲を払つてきた業務部門であり、訴外会社が、昭和二五年八月一日、芦の湖における定期旅客輸送事業を開始するまでは、同所における旅客輸送は、原告の船舶のみにより支障なく行われてきた。ところで訴外会社は、旅客定期航路事業開始当初、総トン数二〇トン未満の船舶と称して定期航路に就航せしめた関係上この点については特に監督官庁の許可を必要としなかつたが、昭和二八年法律第七四号により総トン数二〇トン未満の機関運転船舶による湖上旅客定期航路事業も、海上運送法の準用下におかれることとなり、訴外会社は同法第三条同法施行規則第二条許可認可等臨時措置法第四条により前記定期航路事業の免許を被告に申請し、昭和二九年六月一三日その免許をうけた。ところで被告は、この免許に方り、爾后における芦の湖の旅客運送に供する船舶の需給調整を図る目的のもとに、原告、訴外会社の双方に対して船舶建造自粛の約束を提議し、訴外会社は昭和二九年六月二八日付書面をもつて、また原告は同年八月二六日付書面をもつて、ともに船舶新造自粛の趣旨を了承の上、右提議に対し約諾した。この双方の約諾した船舶新造自粛条項は次のとおりである。(1) 当分の間船腹の増強はしないこと、(2) 代替船の建造は旧来の船型(トン数)のものに限ること、(3) 将来需給関係に特別の事情が生じた場合、新造船の建造をなすについては、予め被告の認諾を得べきものとし、もしこの認諾を得ないで新造したときは、たとえこれに伴なう当該運航計画変更認可申請に対し、不認可の処分をうけても異存を申し立てないこと、以上。しかるところ、昭和三〇年三月頃、訴外会社は一二〇トンの船舶一隻を新造したとき旨被告に申し出たところ、被告は同年一〇月一二日、右申出にかかる大型交通船(一二〇トン)一隻の建造を認許する旨の行政処分をなした。

(二)  しかしながら右の船舶新造認許の処分は、次の理由により不当、違法である。

(い) (1) 訴外会社が右の船舶建造を申し出た理由の一は、前記船舶建造自粛条項を約諾した昭和二九年六月二八日以降、その取扱旅客数に急激な増加を来たしたという点にあるが、同年四月一日以降昭和三〇年三月三一日迄の訴外会社船舶による輸送実績は、前年同期のそれに対し僅かに一五%の増加率を示したにすぎず、この増加人員は原告保有船腹の優に収容しうるところである。そしてこの増加率が、訴外会社の取扱旅客数の自然増加率であつたとしても、これに見合う船腹から考えると、約一九トンのもの一隻を新造すれば充分であつて、一二〇トン定員五二〇人の大型船舶を新造する必要は全く認められない。(2) 更に訴外会社は一二〇トンの大型船建造の認許方申入の理由として、大型船舶によつて旅客輸送の安全性を確保することを挙げているが、元来船舶航行の安全性は、船型の大小に依存するものではなく、船体構造の完全、船員の操船技術の優秀、定員制その他運航規則の厳守、気象状況に対する慎重な配慮乃至は関係業者との間における交通秩序の確立等によつて、始めて保障せらるべき筋合のものである。(3) 更に前記理由の一として、訴外会社としては、近来四〇〇乃至五〇〇名の団体客の取扱をなす場合が頻発するに至つたが、かかる団体客の輸送については、現在の保有船舶を当てがたいので、新たに一二〇トン定員五二〇人の大型船舶を必要とすることを掲げているが、訴外会社の取扱う前記のような団体客は年間僅かに数回にすぎないし、今后数百人の規模をもつてする団体旅客を一挙に輸送する事例は殆んどその跡を絶つものと考えられる。

以上のような理由のもとに訴外会社の申し出た前記大型船舶建造について、被告のなした認許処分は、不当たるを免れないが、同処分は更に次のような点において違法である。

(ろ) 訴外会社が前記のように大型船舶の建造を企てた根本の動機は、大型船を擁して原告の大型船による運航事業に対立抗し、大量旅客の争奪戦を挑もうとするにあり、而も芦の湖交通船舶の現状からみて全く必要性のない過剰投資を行い、よつて原告との間に底止するところのない建船競争をしようとする企図を示すものである。特に訴外会社として、観光最盛季節一日二〇往復を数える定期航路事業において、二〇トン未満の小型船舶の中に公称一二〇トン(実測総トン数一四〇トン)の大型船一隻だけを投じたのでは、運航ダイヤの組方に重大な困難を来たすのは勿論、操船上にもまた著しい支障を来たすこととなる。かくては海上運送法の所期する交通秩序並びに海上運送事業の健全な発達を破壊、妨害し、延いては公共の福祉の増進をも阻害することとなる。被告の訴外会社に対する前記の造船認許処分は、海上運送法の根本精神に反し違法たるを免れない。

(は) 右の造船認許処分は、前掲の船舶建造自粛条項の趣旨に反する。そもそも該契約本来の趣旨は、当時における原告会社と訴外会社との間の船舶保有トン数を現状に維持せしめて、不当の造船競争を防止するため、訴外会社をして将来船舶の需給関係に特別の事情が発生しない限り新造船を抑止せしめる点にあつた。即ち(イ)建前として関係事業会社は相互に船舶建造は行わないこと、(ロ)若し将来情勢の変化によつて新船建造を必要とする場合には被告に申し出でその指導を仰ぎ、関係業者双方の意見並びに利害関係の調整措置を待つことにその本旨がある。そして右(ロ)の約旨にもとずき被告は芦の湖交通船の新造自粛に関する調整指導の権能を取得したわけであるが、その一内容である船舶建造認許処分の権限の行使については、被告の独断的才量に委ねたものではなく、右契約本来の目的に照らし自ずからなる限度が存するのである。即ち右の認許処分をなすに方つては、関係当事会社船舶の需給関係を精査し、果してどの程度の新船建造を許容すべきかにつき、ひとり新船建造申出会社のみの意思だけでなく、その相手方たる原告の諒解と同意を得た上で、つまりは関係事業会社双方の意向を調査してなすべきである。然るに訴外会社は右のような手続をとることなく前記認許処分をなしたものであつて、同処分は右契約の趣旨に違背した越権行為として違法たるを免れない。

以上要するに被告の訴外会社に対する本件船舶建造認許の処分は合目的性を過まつた処分として不当であり、海上運送法の根本精神に牴触した措置として違法であり、更に前記船舶建造自粛条項に戻る違法の処置であるからこれが取消を求める。

二、本案前の答弁〈省略〉

理由

いやしくも法治主義の原則を採用し、一切の行政作用に法の根拠を要請する以上、これを具現するために、行政庁が法の解釈適用を誤まり、違法な措置に出た場合に、利害関係人に権利救済の方途を得しめることを要する。行政庁の違法な処分の取消、または変更を求める訴、即ち抗告訴訟の制度的目的は、主として右の要請に応ずる訴訟手続である。即ち抗告訴訟は、いわゆる機関訴訟、民衆訴訟等、客観的に行政法規の正当な解釈適用を確保するため、法が特に認めている場合を除き、国又は公共団体のなす行政権の具体的な作用によつて有権的に国民の権利義務を形成した場合、利害関係人をしてその権利救済を得しめる点にある。

ところで本件抗告訴訟において、原告が取消を求める対象は、訴外箱根観光船株式会社(以下単に訴会社と称する。)に対し昭和三〇年一〇月一二日なした訴外会社の申出にかかる大型交通船(総トン数一二〇トン)一隻の建造を承認する旨の通知であること弁論の全趣旨に徴し明らかである。而して被告がした右の船舶建造の承認なる措置の法的根拠として一応考えられるのは、運輸省設置法第四〇条第一項第六号のみであるが、同法は、海運局は「船舶ノ製造、修繕……ノ増進改善及ビ調整ニ関ル」事項を分掌処理する旨規定している。しかし一般に船舶製造の増進、改善、調整の措置というような抽象的な行為内容を規定するだけでは(特別の法の規定の存する場合は格別)、行政庁をして、有権的に、国民の権利義務を形成せしめる権限を与えたものと解し得ないことは、法治主義の原則上当然のことである。

原告は、被告が原告、訴外会社の双方といわゆる船舶新造自粛条項を約定し、この契約にもとずいて船舶建造を規制する権能を有するものであつて、前記の船舶建造を承認(原告のいわゆる認許)する権限も右の契約に基礎をおくものである旨主張する。しかしこのような契約、及び同契約にもとずく承認の権限、の性格に関する詮議はしばらくおき、少くとも右契約により被告と前記両者との間に、有権的な支配関係が形成されるものではないこと、従つて前記承認なる行為に公定力を認め得ないことは明らかである。何となれば、公定力の与えられた権力服従の関係、乃至権限は法が明示にこれを認めた場合に限り存在しうべきところ、前掲のようにこの点に関する明文の規定は見出し得ないからである。そうすると、被告のなした前記船舶建造承認の通知は法律上何等の効力を有するものでなくこれにより権利乃至法律上の地位を害せらるべき者のある筈はない。以上要するに原告の本件訴は抗告訴訟提起の前提要件を欠き不適法として却下を免れない。よつて訴訟費用は敗訴当事者たる原告の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 堀田繁勝 海老原震一 石崎政男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例